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忘れてはいけないこと。

2009-09-25

jal.jpg


朝夕めっきり涼しくなり、今年も夏が終わったんだなーと実感します。
8月生まれのせいでしょうか、この時期になるとなんともいえない寂しさを感じます。

そして、今年も思い出します。

日航123便墜落事故からもう24年。月日が経つのは本当に早いものです。

夏が終わっても、私たちの夏は永遠に終わらない、と言われたご遺族の当時の言葉を思い出します。

私は今なお検証されない事故原因と共に悲しみの中にいる人々を思うと心が痛みます。


後に公開されたボイスレコーダーです。飛行航跡図と合わせCVRを聞いてください。
http://asukadoremi.hp.infoseek.co.jp/sozai/JAL123_2.swf

「だめかもしれんね」

「どーんといこうや」

そう言いながらも絶望の中、最後の最後まで乗員乗客524名、一緒に帰ろう、と責務を果たそうとした機長の勇敢な姿は素晴らしいと思います。
自分の息子、娘をはじめ、日本中の子供たちにこの姿を知って欲しいと思います。


在職中私達は、お客様を機内へ案内したあと、スポットに着いている機体の機長、副操縦士に
「いってらっしゃい」と窓から手を振るのが日課であり、そして「いってきます」と手を振りながら
スポットを離れ滑走路に着く姿を見送って業務を終えていました。

あの毎日笑顔で手を振ってくれた機長さんたちの姿、手を振りながら遠くなっていく姿をいつも思い出します。

画像は、災いをもたらす火の鳥と言われながら何度も廃止を検討されては存続してきたシンボルマーク、
2008年にとうとう最後のフライトとなりました。

以下、去年の私のブログ記事です。



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日本航空123便 2008-08-15 Fri 22:42


日本航空123便と聞いて、思い出す人が今年はどれくらいいるのでしょう。

1985年8月12日、乗員乗客524人を乗せた日本航空123便は、18時00分に羽田を離陸後、垂直尾翼を失い、操縦不能に。 そして、暗い山中を迷走し続けた後、18時56分に墜落しました。


私は毎年この日が来ると、当時のことが蘇って、辛いです。
それどころか年々辛さは深まり、23年経った今も、この日が来るといろんな思いで胸がいっぱいになります。

グランドホステスとして名古屋空港の国内線に勤務することになったのは今から19年前、事故から4年後のことですが、4年経って入社した私たちでさえ、事故の惨事を思い知らされました。

520人という命の重さ、そして、何年経とうとも私たちは加害者であるということも思い知らされました。




機内で書いた、家族への手紙。

副操縦士を最後まで励ます機長の声。

右手の親指しかない、我が子の棺。




123便に乗った命の数だけ壮絶な悲しみがある、と、思うと胸がいっぱいになります。



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までの大切な時間を綴った日記です。

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